戦国武将と猫の意外な共生史:時を測る兵器から文化の象徴まで
戦国時代といえば、合戦や下剋上といった人間のドラマが主役ですが、その影で静かに、そして実用的に働いた「小さな協力者」がいました。それが猫です。
武将の軍事行動を支える実用性、験担ぎ、庶民の信仰、そして文化のアイコンとして、猫は武将と民衆の両方に深く関わりました。本記事では、特に有名な島津義弘の猫好きエピソードを軸に、猫が担った多様な役割を当時の社会構造と文化から立体的にたどります。
1. 🐱 島津義弘が猫を 7 匹連れた理由:戦場の時刻センサー
1592 年(文禄元年)から始まった朝鮮出兵(文禄・慶長の役)において、薩摩の島津義弘は猫を 7 匹船に乗せて渡海したという特異な逸話が伝わります。目的は「瞳孔による時刻を読む」ことでした。日の出や日没、夜間の時間経過を知るための簡易的な携帯型光センサーとして猫を利用したわけです。
また、「7」という数字は、武運長久を司る妙見菩薩にちなむ縁起の良い数であり、実用と信仰の両面から戦勝を祈願したと考えられています。
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2. 🦅 鷹狩り文化と「猫は餌」という現実
武士にとって鷹狩りは軍事訓練であり社交でした。鷹の餌にはウサギや小鳥だけでなく、栄養価の高い小動物が用いられ、猫が犠牲になる例も記録に残ります。これは、江戸時代の鷹書や鳥学書(例: 『鷹匠秘伝書』)に、鷹の餌として猫が推奨される記述があるためです。愛玩と同時に「資源」として扱われた事実は、当時の実用主義を物語ります。
参考・関連情報:
- 黒田日出男 著, 『鷹狩りの時代』, 吉川弘文館, 2010 年.
3. 💰 庶民の守り神と商業アイコン:招き猫の起源
庶民にとって猫は、穀物や養蚕業をネズミから守る頼れるハンターでした。この役割が転じて、福を招き、商売繁盛をもたらす象徴へと進化しました。
江戸初期には招き猫の原型とされる土人形が登場し、神社に奉納されます。特に、井伊直孝を招き入れた逸話を持つ豪徳寺(東京都世田谷区)説や、今戸焼の土人形が、招き猫のルーツとして有名です。
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4. 👻 恐れられた化け猫伝説
猫は長生きすると尾が二股に分かれ、人を化かす「猫又(ねこまた)」になるという怪談が戦国末期から広がりました。夜目の効く猫の瞳が暗闇で光ること、静かに忍び寄る動きが「霊力」に結び付けられたためです。
この伝説は、後年の歌舞伎(例:『東海道四谷怪談』)や浮世絵の題材として人気を博し、猫は恐れと愛情が同居する複雑な存在として文化に根付きました。
参考・関連情報:
- 猫又 - Wikipedia
- 稲田篤信, 岡山民俗学会編. 『日本の怪談集』. 講談社学術文庫, 2011 年.
5. 👑 武将の「猫好き/猫嫌い」を分けたもの
- 猫好き派: 島津義弘のように実用性+験担ぎで猫を抱えるケース。徳川家康や豊臣秀吉の居城にも鼠害対策として猫を飼った記録が残っています。
- 慎重派: 鷹狩りで猫を餌にするなど、あくまで資源として距離を置く武将もいました。迷信より実益を優先した結果とも言えます。江戸幕府も、ネズミ対策としての猫の重要性を政策レベルで認識していました。
参考・関連情報:
- 鈴木 浩三 著, 『江戸のネズミ』, 吉川弘文館, 2008 年. (江戸城での猫の役割に関する記述を参照)
6. 👁️ 眼で時間を計る文化の科学的背景
猫の瞳孔は光量に応じて縦長に収縮し、明暗を人間より敏感に感知します。この、縦に細いスリット状から円形まで大きく形を変える垂直スリット瞳孔(vertical-slit pupil)は、日の出前後の薄明かり(トワイライト)で特に変化がわかりやすく、粗い時間計測が可能でした。現代ならスマートウォッチ 1 台ですが、猫は当時の最先端の携帯できる光センサーだったわけです。
参考・関連情報:
- Martin S. Banks, et al., “Why slit pupils work”, Science Advances, Vol. 3, No. 5, 2015. (瞳孔の形状と機能に関する研究論文を参照)
7. ⛩️ 旅の安全祈願と猫神神社
鹿児島市の「猫神神社(ねこがみじんじゃ)」には、朝鮮出兵で無事帰還した義弘の猫 2 匹を祀った石碑が残されています。ここでは、猫は単なる道具ではなく、戦場を共に生き抜いた忠臣として祀られています。現在も航海安全・無病息災、そしてペットの長寿や供養を願う参拝者が訪れます。
参考・関連情報:
猫神社(ねこがみしゃ)の由来
8. 🎨 デザインとカルチャーへの影響
化け猫や招き猫のモチーフは、戦国末〜江戸初期の絵巻や屏風、後の浮世絵・玩具デザインに受け継がれ、現代のキャラクター文化まで連続しています。特に歌川国芳は「猫の浮世絵師」とも呼ばれ、猫を擬人化するなど多様な形で描きました。猫の自由な形が、武具の硬質感との対比を生み、デザイン要素としても魅力的でした。
参考・関連情報:
- 稲垣進一 監修, 『浮世絵の猫たち』, 河出書房新社, 2017 年. (歌川国芳と猫に関する記述を参照)
9. 🗓️ 年表でざっくり振り返る猫の役割
- 1540 年代: 戦国大名の間で鷹狩りが流行し、餌としての小動物需要が増える。
- 1592 年: 島津義弘、朝鮮出兵に猫 7 匹を帯同し時刻測定に活用。
- 1600 年代初頭: 江戸城・大坂城で猫を飼う記録。鼠害対策として常駐。
- 1602 年頃: ネズミ対策として「猫の売買」が公的に行われた記録が残る。
- 1650 年代: 招き猫の原型とされる土製の置物が寺社に奉納され始める。
- 1700 年代: 化け猫・猫又の怪談が歌舞伎や草双紙で人気モチーフに。
年代を並べるだけでも、猫が実用 → 験担ぎ → 信仰・娯楽へと役割を変えながら文化に根付いていったことが分かります。
10. 🐈 当時飼われていた猫のタイプ
戦国期に一般的だったのは「和猫(ジャパニーズボブテイル)の祖型」とされる短毛・短尾の猫です。尾が短い(ボブテイル)ことで、船上や狭い蔵で物に引っ掛かりにくいという実利がありました。長毛種や長尾の猫が日本に広く入ってくるのは江戸後期以降で、戦国の猫は機能性重視のワークアニマルだったと考えられます。
参考・関連情報:
- 山口 剛史 著, 『日本の猫の歴史と文化』, 文一総合出版, 2019 年. (猫の品種の変遷に関する研究を参照)
今に活きる学び
- 最小限の道具(猫の瞳孔)で時間を測る=手元のリソースを最大活用する発想
- 小さな存在を神格化して守る=チームの「マスコット」を大事にすると文化が醸成する
- 怪談や伝承をデザインに取り込む=ストーリーが付与されたモチーフは長命化する
歴史を覗くと、猫が単なる癒やし以上に「時間・安全・文化」を支えたマルチロールだったことが見えてきます。
ちいさな獣の瞳に時間と安全を託した戦国武将たち。その視線を借りれば、現代の私たちも「いま持っているリソースをどう活かすか」を考え直せます。
まとめ
- 猫は戦場で時間を測る実用センサーだった
- 鷹狩りの餌になるほど実利的にも扱われた
- 庶民には招き猫として福を招く守護神になった
- 化け猫伝説が恐れと想像力をかき立て、文化を豊かにした