“李牧と李左車”──キングダムから『項羽と劉邦』へ。戦国末期をつなぐ一族の知略と継承の物語
戦国末期の趙を支え、秦の“六大将軍”をも屠った名将 李牧(りぼく)。
そして、楚漢戦争の最中に韓信軍を破る唯一の策を献じ、後の漢帝国成立の影の立役者となった 李左車(りさしゃ)。
この二人が「祖父と孫」にあたるという関係は、史書において明確に断定されているわけではありませんが、『史記』李牧列伝における「李左車、李牧之後」という表現から、趙の李家の後裔であることが示されています。
漫画『キングダム』が李牧の人気を爆上げした一方で、孫世代の李左車は知る人ぞ知る存在。しかし、その知略の系譜は中国史の巨大な転換点を一本の線でつないでいます。本記事では、この二人の天才がどのように時代を繋いだのかを、最新の歴史的視点から紐解きます。
1. 🛡️ 李牧──戦国最強の「守りの名将」
李牧は戦国末期の趙を守った大将軍であり、その強さは漫画表現を抜きにしても歴史的に規格外です。
■ 1-1. 匈奴撃退と秦軍撃破の“絶対守備”
李牧は、北方の遊牧騎馬民族 匈奴(きょうど) に対し、「部隊を城に閉じ込め、挑発にも乗らず、守りに徹する」という戦略を採用しました。敵の疲弊を待ってからの一撃で匈奴を大敗させ、北方の脅威を封じ込めることに成功します。
さらに、燕の軍勢を退け、秦の王翦(おうせん)や桓齮(かんき)といった名だたる将軍相手にも連戦連勝。秦は武力で彼を倒すことは不可能だと悟り、離間計(スパイ工作)による謀殺を選ぶしかなかったのです。

李牧の肖像画(出典: Wikipedia)
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■ 1-2. 史記が語る李牧の“情報戦”
『史記』では李牧について、「諜(ちょう)を厚くし、民に乱を覘(うかが)わせず」と記されています。これは偵察・情報収集・動向分析に長けた情報戦の達人であったことを示しており、『キングダム』での描写の精度を裏付けています。
2. 📜 李左車──楚漢戦争の“影の戦略家”
李左車は趙滅亡後に各地を流浪し、秦滅亡の混乱期に再び歴史の表舞台に現れます。その真価が発揮されたのが、劉邦軍の天才軍師・韓信との激突、井陘(せいけい)の戦いです。
💡 Tips:井陘(せいけい)の戦いは韓信が用いた「背水の陣」で有名で、これは兵士に逃げ場を断ち切らせて士気を最大化する奇策でした。
■ 2-1. “韓信を破る唯一の策”を献じる
趙軍の参謀(広武君)として、李左車は主将の陳余にこう進言しました。
「今、韓信を野に入れてはならない。糧道を断ち、広武に引き寄せて撃て」
韓信の補給線の脆弱さを見抜き、真正面から戦わずして「焦土作戦」による自滅を狙う提案でした。この策が採用されていれば、後の「背水の陣」による大逆転劇も、漢帝国の誕生もなかったかもしれません。
■ 2-2. 「敗軍の将、兵を語らず」の真意
主将・陳余がこの策を退けたことで趙軍は大敗。捕虜となった李左車に対し、その才能に惚れ込んだ韓信は自ら縄を解き、師と仰ぎました。この時、李左車が発した言葉が有名な故事成語「敗軍の将、兵を語らず(敗軍之将不可言勇)」です。
李左車の名言
「敗軍の将はもって勇を語るべからず、亡国の大夫はもって存を謀るべからず」。この極限の謙虚さが韓信の心を打ち、彼は後に「燕と斉を戦わずして降す策」を韓信に授けることになります。
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3. 🧠 李氏の軍略:時代をまたぐ「知の系譜」
趙が滅んだ後も、李牧の戦略思想は次の世代へと受け継がれました。
■ 3-1. 幻の兵法書『李牧兵法』の連続性
後世の記録には、断片的に『李牧兵法』の存在が言及されます。情報戦の徹底、編隊の分散活用、そして「敵の補給線を突く」という発想は、まさに李左車が韓信戦で進言した内容と一致します。李左車は祖父の知略を楚漢戦争という新たな舞台で再演したのです。
■ 3-2. 歴史のサイクルを支えた一族
一族の知略が、中国史における「秦の台頭(李牧が阻止)」と「秦の崩壊(李左車が漢を支援)」という二大転換点の中心で輝いた事実は、非常に稀有な歴史的ドラマです。
4. 🗓️ 年表で振り返る「李家の一世紀」
年代を整理すると、彼らの知略がいかに時代を跨いでいるかがわかります。
- 紀元前230年代: 李牧、秦の王翦・桓齮を撃退。
- 紀元前229年: 趙王・遷が秦の離間計に嵌り、李牧を処刑。
- 紀元前228年: 趙、滅亡。李氏の遺族が流離。
- 紀元前206年: 秦、滅亡。
- 紀元前204年: 井陘の戦い。韓信が李左車を捕らえ、師と仰ぐ。
- 紀元前202年: 劉邦、漢帝国を創建。
今に活きる学び
- 主君(リーダー)の器の重要性:どんなに優れた「李牧」や「李左車」の知略も、それを受け入れるリーダーがいなければ、国(組織)を滅ぼす。
- 逆境での「知」の保ち方:李左車のように、負けてなお師と仰がれるほどの実力を磨いておくこと。
まとめ
- 李牧は秦の統一を一人で阻止し続けた、中国史上最強の「盾」。
- 李左車はその知略を継承し、韓信の軍師として漢帝国の礎を築いた「智の影」。
- 二人の物語は、政治の腐敗によって才能が殺される悲劇と、それでも思想が時代を越えて継承される希望を教えてくれる。
『キングダム』で李牧に魅了されたなら、その血が流れた先、楚漢戦争に現れる「李左車」の物語もぜひ追いかけてみてください。歴史という巨大なジグソーパズルのピースが、ピタリとはまるはずです。